生きるための悪ふざけ

 

冲方丁シュピーゲルシリーズについて。オイレンシュピーゲルから。

 

概要

 

舞台は最早過去になってしまった西暦2016年オーストリアの国連管理都市:ミリオポリス*1。極端な少子高齢化の果てに、児童に労働の“権利”が認められた世界。先天的/後天的に障害を負った子供達はサイボーグ化され、都市治安機構や軍に仕えて日々戦っている……。

 

本シリーズは、スニーカー大賞十周年特集のために書き下ろされた短編企画からはじまっている。故に、周到にその後の展開がシリーズ開始時点から練られていたわけではない筈。にも関わらず、巻が進むに連れてきちんと、文字通り「全てが繋がっていく」ところが非常に面白い。偏執的なまでに設定が設定を呼び、あらゆるキャラクター同士が繋がって世界観に厚みが増していく。最初から、類型的なキャラクター造形に見える各キャラクターの個性も、来歴や裏側が明かされるに連れて寧ろ笑えなくなるようなハードさや、物語を補強するアツさに転換されていくところがまた凄い。

 

キャラクターを主軸とした小説を批評的に換骨奪胎すると何が起きるのかということを見せつけてくれるという意味でも稀有なシリーズだ。突飛な喋り方、奇天烈な行動原理、躁鬱病のような性格、セクシーな格好が氾濫する世界を掘り下げたらどうなるのか。極端にハードボイルドでバイオレントな方向にそれを振り切ってやった結果、舞台として国際テロネットワークとホームグロウンテロリズムが跋扈する国際都市:ミリオポリスが出来上がった。また、よくある「戦闘美少女」な主人公たちは、皆それぞれが何故戦うのか、戦った先になにがあるのかということ、そして何故自分は今ここにいるのかということと向き合い、傷つき成長することを常に余儀なくされる。この手の(というか、この手のレーベルの)エンターテイメントではしばしば軽視/無視されがちな大人たちの活躍/役割についてもかなりしっかりと描かれており、あまりにも当然の疑問「何故子供を武装させて戦わせるのか」についても、きちんと向き合っている。

 

オイレンシュピーゲル

 

MPB(ミリオポリス憲兵大隊)に所属する涼月・ディートリッヒ・シュルツ、陽炎・ザビーネ・クルツリンガー、夕霧・クニグンデ・モレンツの3人は〈猋(ケルベルス)〉小隊として、特殊転送式強襲機甲義肢(通称:特甲[トッコー])を駆使して凶悪犯罪と日々戦っている。本作はSF、サイバーパンクに分類されるようなガジェットが多数出てくるものの、基本的にスペック等は現実ベースになっている。ただ1つ規格外なのは上述の特甲で、事故や障害で喪った手足を機械化義肢で補っている主人公達が、都市を電子的に統べる「マスターサーバー」の許可の下で義肢を戦闘用のものに「転送」という技術を使って瞬時に置き換えて戦う点だろう。まぁ、マスターサーバーやその他幾つかの技術も現実離れしているのだけど、転送技術だけはやはり別格。

 

※□の中が粗筋、インデント下がってるところが読書メーターの感想、その下が付記

 

オイレンシュピーゲル壱 Black & Red & White

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「なんか世界とか救いてぇ」。あらゆるテロや犯罪が多発し『ロケットの街』とまで渾名される国際都市ミリオポリスに、「黒犬」「紅犬」「白犬」と呼ばれる3人の少女がいた。彼女たちはこの街の治安を守るケルベルス遊撃小隊。飼い主たる警察組織MPBからの無線通信「全頭出撃!」を合図に、最強武器を呼び込み機械の手足を自由自在に操り、獲物たる凶悪犯罪者に襲いかかる!クールでキュートでグロテスクな死に至る悪ふざけ開幕。

いよいよ続きの連載が始まるということで、復習。長かったなぁ。改めて読むと、全然ライトじゃないよね。少女たちの過去は暗く、起こる事件は血塗れで救いようもない。クソッタレな街で生きるクソッタレな人生の中に、それでも希望が見出せたからこそ彼女たちはおぞましい現実に立ち向かっていけるのだろう。捻くれているようで、その実少年漫画のようなストレートさも持ち合わせている稀有な作品。「ねえ……痛いってどんな感じだっけ?」「別に大したもんじゃないさ。煙草の煙が、目に入った感じだろ。……ちょっと涙が出て、それでおしまいだ」

 この感想は、2014年にKindleで最終シリーズ(テスタメントシュピーゲル)の2巻が連載開始になるのに合わせて読み直した時のもの。最初に読んだのは高校生の時だったかな。オイレンシュピーゲルシリーズの表紙と挿絵は白亜右月で、あぁ、『爆裂天使』の人なのかと思って手に取ったら著者が冲方丁で、そのままレジに持っていったのをよく覚えている。『マルドゥック・ヴェロシティ』から導入された通称「クランチ文体」という、ジェイムズ・エルロイ風の記号で切り詰めた文体がどう読んでよいのかわからずに戸惑った。

 

オイレンシュピーゲル弐 FRAGILE!!/壊れもの注意!!

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あらゆるテロや犯罪が多発し、『ロケットの街』とまで渾名される国際都市ミリオポリス。「黒犬(シュヴァルツ)」「紅犬(ロッター)」「白犬(ヴァイス)」と呼ばれる警察組織MPBケルベルスが治安を守るこの都市に、ロシアの原子炉衛星アンタレスが墜落した。七つのテログループが暗躍する、この事件を収拾するため壊れかけのケルベルス遊撃小隊が、超警戒態勢の街を駆け抜ける―!クールでキュートでグロテスクな死に至る悪ふざけ(オイレンシュピーゲル)”2幕。

ユーリー率いる「取り返しのつかない心的外傷すら勲章代わりにしてきたような愉快な荒くれ者」のロシア人たちがたまらなく好きだ。より大きな悲劇を食い止める為に、幾多の悲壮と死体を踏み越えて登場人物たちが闘い続ける話。移り変わる戦場と共に次々底が抜けて行くような悪夢的プロットが見事。何度も読んでいるのに、グイグイ引き込まれながら読んだ。特甲は無敵の兵科ではなく、彼女たちだからこそ扱えるものなのだとわかる巻。現行の世界がこの物語よりも混沌として救いようがないって、なんか凄い。「泣くな……死者が……生者の道となる」

本巻がシリーズ初の長編。そして、スプライトシュピーゲルとのクロスオーバーがはじまるのもこの巻から。感想からユーリーすきーが溢れていて読み返すと面白い。ユーリーはシリーズでも随一のエモいキャラだった。本格的に嵌ったのはこの巻からで、ある意味シリーズのその後の展開が全て詰まっていると言っても過言ではない密度とスピード感がとても楽しい。登場人物の数が爆発的に増え始めるのもこの巻からで、この巻の登場人物が後々まで重要になっていくことになるなんて、最初に読んだ時は想像もしなかった。ミリオポリスの郊外に落とされたロシアの原子炉衛星〈アンタレス〉がテロリストに奪われて、それを7つの別々の国のテロ組織が街中をリレーしていくという狂った物語に狂喜したなー。繰り返しになるけど、上記の感想にあるロシア人捜査官ユーリーと彼の率いる特殊部隊の面々がとにかく最高で、読み直す度に彼らの悲壮で確固とした決意に胸を打たれる。

 

オイレンシュピーゲル参 Blue Murder

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「初めて仕事で人を殺したときのこと、覚えてるか?」。国際都市ミリオポリスの治安を守る、警察組織MPBの機械化された3人の少女、涼月・陽炎・夕霧。ある日、涼月は、初出撃時の記憶がないことに、あらためて疑問を抱く。彼女たちは、人殺しでトラウマを背負わぬよう、人格改変プログラムを適用されていた。あのとき、本当は何が起こったのか?クールでキュートでグロテスクな死に至る悪ふざけ”(オイレンシュピーゲル)、核心に迫る第3幕。

前巻のストーリーを受けつつ、次巻へと繋がる伏線を幾つも孕んだ巻。〈猋〉の3人が記憶を取り戻しつつあるのは、成長の証なのか、更なる悪夢への入り口なのか………スプライトの登場人物たちとの関わり合いも密になってきた。各章とも違ったジャンルの映画を観ているようで面白い。まぁ、最終的にはどれも血塗れアクションなんだけど。最初読んだ時は上手く咀嚼できなかった白露の話が、何故か今は痛いほどわかる。無くしてしまったものの名前すら思い出せない恐怖と怒り。「希望があるから生きるんじゃない。生きていることが最後の希望なんだ」

奇数巻なので短編集。シリーズ後半の重要キャラクター白露・ルドルフ・ハース初登場。感想では、白露に結構思い入れている様子。彼はこの後……。あと、感想では触れられていないけど、主人公たちが自分たちを機械化した児童福祉施設〈子供工場(キンダーヴェルグ)〉に訪問する場面があって、最後に引用しているのは涼月の地の文の独白。第壱話は電子線、第弐話はアクション、第参話は「聖水曜日」のロマンチシズム*2と砂漠が生んだ怪物の物語。いよいよ都市治安機構ではなく、軍属の特甲児童の存在と強さ、狂いっぷりの断片が開示され、次巻への伏線になっている。特甲レベル3という単語もこの巻から。

 

オイレンシュピーゲルWag The Dog

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空港で旅客機が占拠された。首謀者の男パトリックを捕らえ空港内留置所に拘束するも、中国服の武装集団に襲撃される。いきがかり上、パトリックと共闘することになる涼月。一方、テロリストが市民200名を人質に、空港の一角を占拠。陽炎も人質となり、両手に爆弾のスイッチを握らされる。テロリストの中には、レベル3”の特甲児童、双子の兄弟の姿もあった。クールでキュートでグロテスクな死に至る悪ふざけ、第4幕。

 最悪の気象状態による孤立無援の闘い&幾重にも張り巡らされた陰謀&レベル3に飲み込まれた特甲猟兵の出現&〈猋〉の面々にも忍び寄る虚無の囁き&謎のエージェント&他諸々テンコ盛り!(この時点で)シリーズ最長なのに、緊張感が途切れることなく物語がダイナミックに進行していく。涼月の行きつ戻りつしながら成長していく様はもどかしくもあり、頼もしくもあり。陽炎の葛藤と決意、心の痛みを取り戻した夕霧。皆それぞれが己と対峙し過去を乗り越えてひたすら前へ。スプライト側とついに完全な共闘。互いの抱える事件を裏から読めるのが面白い

シリーズの白眉、4巻目。感想のテンションも異様に高い。255字じゃ書ききれないくらいあらゆることが起こるからなぁ。薄々気がついていた読者も、アフリカの虐殺者を裁く国際法廷への襲撃と空港の占拠が同時に起こる物語は、いよいよ完全にライトノベルとかそういう次元じゃないなとはっきり自覚させられる巻。オーストリア国内の政治状況と歴史、更にはアフリカの混沌をも物語に取り込んで、複雑怪奇なタペストリーをよくもまぁ書ききるなと。また、特筆すべきはフィクションの中で描かれるアンクル・サム超大国アメリカの姿。弐巻ではある種紋切り型の、世界の闇に順応した「現実主義」を標榜するアメリカ人が出てきたのとは対照的に、スプライトシュピーゲルⅣとオイレンシュピーゲル肆にそれぞれ登場するアメリカ人のエージェントは、現場の最先端に立つ己の行動と良心が超大国たる母国をも動かすことができる(wag the dog!)と信じて戦う「アメリカの良心」を体現したような存在。世界で最も巨大で最も強く、それ故にどの国よりも深く昏い影を世界に落としてきた超大国には、それでも希望があると語り、自ら実践してみせる究極のプラグマティズムの姿を見ることができる。主人公たちも、軍の特甲児童に与えられる強力な兵科:特甲レベル3を転送可能になったものの、それは精神を蝕む機械の齎す虚無:フロー状態への陥穽でしかなく、自らの過去に喰われそうになるという、フィジカルな危機と同時にメンタルな危機とも闘うことになる。敵の尖兵に成り代わった軍を脱走した特甲猟兵達との全面対決も派手で楽しい、究極の一冊。シリーズの最新刊が常にシリーズの到達点になっている奇跡に震える。

 

 まとめ的な

 

改めて見ると、粗筋の出だしがもう普通じゃない。しかも巻を重ねる時に酷くなっていて*3、参巻が「初めて仕事で人を殺したときのこと、覚えてるか?」、肆巻が「空港で旅客機が占拠された」という……。普通に笑っちゃう。主人公達の子供ならではの葛藤、大人として生きなければならなかった子供の葛藤、治安を司る者の葛藤、更に国家やアイデンティティの葛藤等々があらゆる方向から彼女たちを引き裂こうとする。それらに傷つき斃れても尚這ってでも前へ前へと進もうとする姿勢は少年漫画のそれに違いなく、にも関わらず徹頭徹尾少女達が主人公になっているところが改めて面白いシリーズだなと思う。あらゆる価値が流転し、善意が悪意へとすり替えられる世界で、それでも立って戦い続ける姿こそ、真に真っ当なエンターテイメントの形である。

 

*1:架空の都市。かつてウィーンのあった場所に戦後再建された、という設定

*2:第参話「Holy Week Rainbow」で夕霧がオーバー・ザ・レインボーを謳うところがなんともロマンチック

*3:褒め言葉