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機械仕掛けのアレンジ

 

子供番組で製作者の大人が好き放題やっている、ということはテレビの草創期からあったようだけど、その中でも特撮番組におけるやりたい放題加減は群を抜いているように思うのだ。子供番組だから角を全て落としてヤスリをかけて痛くも痒くも引っかかりもない、無害で無価値な作品を作って欲しいわけではないので、製作者たちが好き放題暴れて面白いものを作ってくれることには個人的に何の蟠りがあるわけでもないのだけど、たとえば(これは本の話になるけれど)ケネス・グレアムの『たのしい川べ』のように、キャラクターが動物とはいえ文字通りの袋叩きにあっている描写でドン引きしたような経験もあるので、児童文学や子供をターゲットにした作中世界は全てが許されている空間ではないように思うのだ。

 

とはいえ、ウルトラマン第23話「故郷は地球」のような、それまで明るく陽気だった井出隊員が急にあんな感じになる話*1だって個人的にはアリなので、大半のことは起こっても問題ない立場を取りたい。子供の心にトラウマを植え付けるかもしれないけど、まぁそれはどの作品に触れる場合であっても内在している可能性なので。

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こんな感じ

 

シルバー仮面』とか『イナズマン』とか、製作者 暴れてる系作品は枚挙に暇がないというか、それこそ話数単位でみれば作品数と同じくらいありそうで、とてもではないが全てに触れることはできないので今はおいておくとして、世代的に直撃していた特撮作品の、今観たからこその衝撃について記しておきたい。

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シルバー仮面第1話

 

……といっても、戦隊だけで何作品かあるし、メタルヒーロー*2もいて、仮面ライダーも復活したりしていなかったりした時期なので、世代的に直撃したものだけでも絞るのは難しい。なので、本編もさることながら本来OVA的な、お祭り的な、10.5話的な扱いの戦隊の「映画」で派手にヤラカシている『超力戦隊オーレンジャー』について取り敢えず書こう。

 

超力戦隊オーレンジャー』はスーパー戦隊20周年記念作品であり、主人公たちが職業軍人という設定である。古代文明のちから:超力を駆使して戦う。参謀長が宮内洋*3仮面ライダーV3)だったり珠緒が出てたりもする。本編は、1話で主人公たちがひたすら地球を侵略せんとする敵:機械帝国バラノイアの猛攻を逃げ惑うだけという尖った構成*4だったり、大塚明夫声のバラリベンジャーとの哀しい共闘を描いた第15話「友よ 熱く眠れ!!」みたいな話もあるが、やはり輪をかけてブッ飛んでいるのが映画版。

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バーロ兵

 

超力戦隊オーレンジャー 劇場版』は、『重甲ビーファイター』『人造人間ハカイダー』と併映された僅か40分の作品である。にも関わらず、というか、だからこそというか、短い尺に製作者たちのやりたいことと思想を叩きつけるようにして作られた歪さと面白さの際立つ仕上がりになっている。

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重甲ビーファイター

 

物語は、敵役である機械帝国バラノイアの王子:皇子ブルドントが「歴史に残る映画を撮りたい」と言い出し、子供たち(とオーレンジャー)を巻き込んで映画を撮るというもの。映画を撮る映画を40分の尺でやってしまおうという判断も狂っているが、それを戦隊特撮の映画でやろうというところがまた凄い。ブルドントは映画にはリアルとスペクタクルが必要だと言い、実際にオーレンジャーと部下の怪人とを戦わせ、それを撮影することを思いつく。映画の冒頭、最初に映るのがマシン獣:カメラトリックという監視カメラのような頭の鳥。この鳥が、全編を撮影しているという趣向だ。

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シチュエーションや小道具も凝っていて、トロイの木馬、鼓笛隊、マネキンが入り乱れて幻惑的な、ホドロフスキーちっくな映像が展開されたり、映画の撮影所で映画撮影を行う場面まである。そこでは、映画に出演できると言われて怪人にホイホイついてきた子供たちが、VRバイザーのようなものを被って迫りくる蒸気機関車の映画を観るという入れ子の入れ子的なことまで展開される。更に、絵コンテを映したり、編集所のようなバックヤードでブルドントがその後の展開を指示していたりと、ムダに映画撮影らしさが演出されてもいる。

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そして、映画の華といえばやっぱり戦争映画ということで、後半は銃弾乱れ飛ぶ戦場に舞台は移っていく。橋が落ち、火炎放射器が火を吹く豪快な画も観られる。オーレンジャーが駆けつけ、機械兵同士が戦争映画を撮影しているのかと思いきや、殺される側は機械兵に改造された人間であった、という場面の衝撃は寧ろ今だからこそのもの。当時観てもモヤモヤするくらいだっただろう。続く場面では、オーレンジャーが攫われた女の子の後ろ姿を発見して近づくと、振り返った彼女は機械のニセモノで、即座に自爆する。そういえば、前半でチャップリン風の敵が全身燃え上がった後に自爆するという場面もあった。時代は戦争からテロへ。

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本作は、密度と熱量では『地獄でなぜ悪い』に負けていないというか、寧ろ勝っている気さえする。ターゲットだった子供たちには決してわからない筈のネタや、度を越した残酷さが(それとわからない形で)反映されているにも関わらず、エンターテイメントとしてきちんと成立しているところが素晴らしい。楽しそうに映画を撮るブルドントは観ていて微笑ましい限りだ。まぁ、『超力戦隊オーレンジャー』なのにオーレンジャーが完全に脇役というか、デウス・エクス・マキナ的な扱いなのが可哀想かもしれないけれど。

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結局、最後はお定まり、伝統芸能なのでオーレンジャーが謎の力(超力なのか?)で逆転してメデタシメデタシになる*5わけだけど、本作はこれで終わらない。更にその後、エピローグで攫われていた子供たちが日常に戻っていくところまでをマシン獣:カメラトリックが撮影していた、というところがで映画が終わる。全てはスペクタクル、全てはエンターテイメントで、全ては映画だったのだ。

 

*1:だからこそ、より効果があったのだろう

*2:重甲ビーファイタービーファイターカブトが直撃

*3:戦隊だと『ゴレンジャー』の流れか

*4:所謂雑魚兵、ショッカーの戦闘員に当たるような「バーロ兵」に生身の人間が全く歯が立たないところがリアルというか、ハード。途中からその辺は有耶無耶になる

*5:とはいえ、所謂「ロボ戦」で蒸気機関車型の怪人が驀進する橋をオーレンジャーロボが切り落とすところなど、絵面としての面白さは続く